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終わりのない幻影




3、

 蔵の中を見せて欲しい。そう、無理を承知で静江に頼んでみた。儀式を明日に控え、部外者をそんなところに入れるわけはないだろうと踏んでいたのだが、予想に反して、その願いは簡単に聞き入れられた。
 静江が管理している蔵の鍵を借りてきた博貴は、なれた手つきでそれを外した。
 ゴトゴトっと重い音をさせて、蔵の引き戸が開けられた。
 闇に包まれた蔵の中に、一筋の光が滑りこんだ。戸が開かれるまでは、まるで時の流れがなかったかのような蔵の中に、突如、外界の時間が流れこむ。
 止まった時を壊してしまった、ほんの少しの罪悪感。それは、博貴がつけた電灯の光によって、すぐに掻き消えた。
 和馬はゆっくりと中に足を踏み入れた。なんの変わりもない、ただの蔵。いるものも、いらないものも、たいした隔てもなく収納されている単なる物置だ。ただし、それは入口付近に限ったことだった。
 蔵の一番奥の部分。そこだけは、『蔵』と呼ぶには何か異質なものに、和馬には感じられた。
 どん詰まりに作られた、蔵の引き戸よりも重厚な石の扉。そして、その前に設けられた空間。入り口付近がやたらごみごみしているのに対し、何もない、棚さえ置かれていない不自然な空間がそこにはあった。
 何のためらいもなく、すたすたと奥まで歩いていった和馬は、扉の前で足を止めると、マッチ箱ほどの小箱をポケットから取り出した。それをちらりと見やると、再度ポケットの中に押しこんだ。
 小さく息をついた和馬は、持ってきた機材をどすんと床に置いた。
そんな和馬に、博貴は慌てて駆け寄った。そして、自分の持っている荷物を和馬の横に置いた。
「これ、なに?」
 和馬が名古屋から持ってきた、機材たち。それがなんなのか、博貴はなにも聞いていなかった。
「なんだと思う?」
 にやりっと笑みを浮かべた和馬は、ケースを広げて博貴に見せた。それを覗きこんだ博貴は、その中にある計器を一通り見やり、うーんと唸り声を上げた。
 博貴が持ってきたほうの荷物には、バッテリーとプラグが入っていた。それは博貴にも分かったが、いま和馬がかまっている計器はよく分からないものだった。目盛りと針がついているところを見ると、何かの測定機なのだろう。
 和馬がその測定機らしきものにバッテリーを繋ぐと、いくつかのランプが点灯し、針が少しだけ振れた。ついているランプはオールグリーン。和馬はそれを横目で見ると、少しだけほっとしたような表情を浮かべた。
 そして、おもむろにポケットから鍵を取り出すと、センサーのプラグを繋いでそれを持ったまま扉に歩み寄った。そして、センサーの先を扉の下にあてた。
 ――と同時に少しだけメータが触れ、赤いランプがついた。その赤い光に、不安を掻きたてられた博貴は、ふっと顔を曇らせた。
「なあ、本とにやるのか?」
 呟いた博貴は、鍵を手にして扉の前に立っている和馬を心配そうに見やった。そんな博貴の不安を払拭させるように、和馬はやわらかく笑んだ。
「大丈夫だよ。何も起こりはしない」
 言った和馬は、ずいっと扉に近寄った。計器にちらりと視線を走らせると、ランプはすでに緑になっていた。ふっと肩の力を抜いた和馬は、首を左右に振った。気がつかないうちに、かなり力が入っていたようだ。大丈夫だと言いながら、それでも和馬の中にも不安はあったらしい。
 和馬は大きく息を吸うと、気を落ち着かせるように、ゆっくりと息を吐いた。
「でもさあ」
 まだ不満の残る博貴は、食い下がった。扉を開けるたびに、人が死んでいるのは事実なのだ。祟りではない、そうは思うけれど、やはりこの場所は博貴にとって『危険』という文字が付きまとう場所には代わりないのだ。
「大丈夫だって」
 博貴の不安をよそに、和馬は同じ言葉を返しつつ、鍵穴に差し込んだ。
「それより、誰もこないか、ちゃんと見ててくれ」
 もともと、この依頼は儀式の継続が前提となっている。扉を開けるたびに人が死ぬ、そんなものであれば、やらなければ良いとは思うのだが、そうはいかないのが旧家のしきたりと言うものなのだろう。そこまでして続けなければいけない義務など、かけらもないにもかかわらず、こうして続けようとする。
 ようするに、不安を呼ぶような儀式であっても、村の人々にとっては、神聖な儀式であることには変わりないのだ。だから、この扉を開けるということが、それを踏みにじる行為である事は心得ている。
 だからこそ、これからする事を、澤村の人間に見られるわけにはいかなかった。それは、儀式の時にしか扉を開けてはいけないという、儀式そのものの根底を覆すものなのだから。
「わかってるけどさあ」
 不本意そうに言った博貴を半ば無視して、和馬は鍵を廻した。
 カチッと音がして、鍵が開いた。和馬は心持緊張した面持ちで錠前を手にとる。そして、それをゆっくりとはずすと扉に手をかけた。
「和馬さん、やっぱまずいって」
「大丈夫だって言ってるだろ」
 言った和馬は、そこで一呼吸おくと、ゆっくりと扉を開けた。
 重い音がして、石の扉は開かれた。そこに見えたのは単なる洞窟だった。
「ほらな。何も起こらないだろ?」
「……」
 何も起こらなかったことに、いささか拍子抜けした博貴は、知らないうちに入っていた肩の力を抜くと、むうっと唸った。
「儀式のときだけになるのか?」
 ぽつりと、博貴が言った。
 それはそれで怖いことだ。もしそうだとすれば、儀式で扉をあける綾香は、助からない事になる。
「そんな事はないよ。多分」
 博貴の呟きに答えた和馬は、まだ、危険でないと分かったわけではない洞窟の中へ、何の躊躇もなく足を踏み入れた。
「和馬さん!」
「その計器が鳴らない限り、大丈夫だよ。そんなに心配するな」
 咎めるように和馬の名を呼んだ博貴に、和馬は後ろを振り向きもせず、もう何度目かも分からない『大丈夫』という言葉を口に乗せた。
 そのまま足を進めた和馬は、地面に懐中電灯を照らす。奥には完全に光が入らない。そんな中、白っぽい粉が噴いているように見える個所があった。思わず足を止めた和馬に、慌てて博貴が続いた。
 きょろきょろとあたりをみわたす。別に何もありはしない。奥に祠があるくらいだ。
「どうかしたのか? なんか分かったのか?」
 しゃがみ込んで、なにやら見ている和馬に博貴は言った。その問いには答えず、和馬はある場所にライトを向けた。
「これをみてみろ」
「ん……?」
 覗きこむようにして、電灯で照らされた場所を見やった博貴は、怪訝そうに首をかしげた。
「なんだこれ?」
 それは、どこかで見たことのあるものだった。それも、結構頻繁に、目にするようなもののような気がするのだが……。考えこんでいる博貴を後目に、おもむろにポケットの中からプラスチックのケースを取り出すした和馬は、その白い粉を入れた。そして、ゆっくりと立ちあがった。
「和馬さん?」
「さて、閉めるぞ。ばれちゃまずいだろ?」
「あ……え、ちょっと」
 すたすたと歩いていく和馬に、博貴は困惑したようにその白い粉と和馬を交互に見やった。そんな博貴には見向きもしない和馬に、深い溜息をつきつつ、博貴は仕方なく外へと足を向けた。















「何かわかりましたか?」
 出した機材を片付けて急いで鍵をかけ、蔵から出てきた直後にそんな声をかけられた。
 声の主を見やり、和馬はすいっと目を細めた。蔵の鍵を閉めていた博貴は、びくっと身を竦め声のしたほうを見やる。そこには、綾香の姿があった。知られてはまずい事をしてきた、という意識が自然とそんな行動をとらせたようだが、その過剰な博貴の反応に、綾香は首を傾げた。
「どうかしたの? 博貴」
「あ……い、いや、なんでもない」
「あんた、また何か悪さしたわね」
「なんだよ、その悪さって。んなこと、してないよ。な、和馬さん」
 捲くし立てる博貴に、和馬は苦笑しながら首を立てに振った。そして、綾香を見やるとゆっくりと口を開いた。
「澤村さん、少しお話があるんですが、お時間はありますか?」
「時間ですか? ええ。ありますが」
「やっぱ、何か分かったんだな。じゃ、俺も――」
「悪いな、博貴。澤村さんと話しがしたいんだ。外してくれるか?」
 博貴の言葉をすかさず和馬が遮った。博貴は、「なんで」っとでも言うように和馬を見やる。けれど和馬のくるなと言わんばかりの鋭い視線に、開きかけた口を閉じた。
納得など出来ないけれど、無理やりついていったところで、和馬が何も言わないことは博貴にも分かった。分かったから、そのまま口を噤んでくるりと踵を返す。そして、何歩か歩いたところで二人を振りかえると、ずかずかと歩みより和馬の手の中にあった荷物をぶんどり、離れの方へと足を向けた。
 その不機嫌そうな弟の後姿を見やり、綾香は小首をかしげて言った。
「博貴がいては、まずいんですか?」
「はい。ちょっと確認しておきたい事があったので」
「……場所を変えましょうか」
 綾香はくるりと踵を返すと、家とは反対方向に足を向けた。
「少しさきに、物見台があるんです」
 溶け切っていない雪が、まだ道路にはある。そんな中を、すたすたと歩いて行ってしまう綾香に、和馬は恐る恐る足を進めながらついて行った。
 五分ほど坂を登っただろうか。道路脇にある、ちょっとした広場に物見台があった。
「これに登れば、結構遠くまで見渡せるんですよ」
 物見台を見上げ、ぽつりと言った綾香は「今日はあいにくの天気ですけどね」と付け加えた。厚く空を覆っている雪雲のせいで、あたりは白くかすんでいたが、本来であればかなり遠くまで見渡せるものらしい。雪をかぶった山々自体、それほど見た事のない和馬には、これでも十分に見る価値があった。
「――何か、分かりましたか?」
 いつまでたっても切り出さない和馬に、綾香が言った。その緊張をはらんだ声に、和馬は軽く息をついた。
「何故、蔵の前にいらっしゃったのですか?」
「えっ、別に何というわけじゃ……」
 口篭もった綾香に和馬は再度息をついた。何もないのに蔵の前にいると言うのは、どこか不自然だ。この綾香の反応も……。
何か気に入らない。すべてが誰かに仕組まれているような気がするのは気のせいだろうか。
「お話というのは、そのことですか?」
 そう切り出した綾香に、和馬はしばしの沈黙の後口を開いた。
「ご結婚なさるそうですね」
 いきなりの的外れな質問に、綾香は戸惑いを隠せないまま言った。
「――博貴が何か言いましたか?」
「相手の方は、この儀式の事を知っているのですか?」
 綾香の質問には答えずそういった和馬に、綾香の顔がこわばった。その反応から、綾香がその人物には、何も言っていないことが窺えた。案の定、綾香からは肯定の言葉が返ってきた。
「いいえ。言ってません」
「何故、言わなかったんですか? 村の人間以外には言ってはいけないといわれましたか?」
「いいえ。そんなことは言われてません。言わなかったのは私の意思です」
綾香はそこで一旦言葉を切って、寂しそうに笑んだ。
「――言えば、彼はきっと私を連れて逃げるといってくれるから」
 そして、和馬に背を向けると誰にも踏まれていない雪の上を、さくさくと音を立てながら歩いた。
「実際には何も起こらないかもしれないけれど、危険かもしれないというだけで、彼は私を逃がそうとすると思うから」
 綾香は物見台にもたれかかるようにしながら、どこか遠くへと視線を向けていた。そんな綾香の姿に、和馬は思わず黙りこんだ。そんな和馬に、綾香は再度口を開いた。
「私が逃げれば、誰かが変わりになる。従兄妹達かもしれないし、博貴かもしれない」
「なら、自分がですか?」
 綾香はゆっくりと首を横にふった。
「そんな自己犠牲みたいなこと思ってません。だから、麻生さんのところに行った。博貴が鍵を持って逃げたのは、偶然だったけど、その後、麻生さんがここまで来ることになるのは、私にもわかってた。博貴の性格ならよく知ってますから。あの子が何を考えるかぐらい、想像つきますもの。ただ、そう思ってたのは、私だけじゃなかったみたいですけど」
 綾香の言葉に、和馬は前髪をくしゃりとかきあげた。そして、前にもした質問を、もう一度繰り返す。
「うちの事務所へ来たのは、どうしてですか?」
「え? この前も言いましたけど、叔母が紹介してくれたんです」
「……」
 やはり、誰か裏で糸を引いている者がいる。
「いくらなんでも、都合が良すぎると思った」
 綾香には聞こえないほどの小声で呟いた和馬は、深いため息をついた。ようするに、全て計算ずみだということだ。博貴の取る行動も、和馬が取る行動も。でなければ、儀式の前日に、その場所となるところに、部外者を入れるわけなどないのだ。
「私だって、死にたくなんかない。それも、こんなくだらないことで。でも、逃げたって、私が逃げたという事実だけはなくならない。だから、出来なかった。彼にいえなかったのもそれが理由。私が、自分の意志で逃げると決めたのならともかく、自分で決められないことを、あの人に決めさせることになるから。逃げても、私はきっと逃げたことを後悔するわ」
「何も起こらないかもしれない」
「起こるかもしれない」
 言った綾香はいやにすっきりとした顔をして、和馬を振りかえった。そんな綾香を見やり、和馬は思わず息をついた。
「はっきりとは分かりませんが、原因は硫化水素ガスだとおもいます」
「硫化水素……ガス?」
「ええ。火山性の有毒ガスです」
「でも、ここは火山なんかじゃないわ」
「焼岳があります」
「焼岳は、ここからずいぶん遠い……」
「地層的に、どこがどうつながっているかは分かりません。ただ、焼岳が活動したあとに、儀式がとりおこなわれ、そのたびに死者が出ている。そして、あの扉の奥」
「――奥?」
「調べさせてもらいました」
「あけたん……ですか? 扉を」
 驚きを隠せずに、綾香が言った。
「ええ」
 短く答えた和馬に、綾香は複雑そうな表情を浮かべた。けれど、和馬はお構い為しに続けた。
「硫黄だろうと思われるものがありました。原因が、硫化水素だとすれば、明日の儀式で誰かが死ぬような事はない」
「でも……」
 そう言われても、不安は消えるものではない。いくら強がっていたとしても、それは所詮口先だけの事。心の片隅にはいつも恐怖があるのだろう。
「これを」
 和馬は、そう言いながら、先程自分が使っていた、マッチ箱程度の小さな機械を綾香に渡した。
「なんですか? これ」
「ガス警報機のようなものです。ガスを感知したら、鳴るようになってます。万が一これがなったら、息を止めて外に逃げてください。この横のスイッチを儀式が始まる直前に入れてもらえばいいですから」
 和馬の言葉に、綾香はしばらく唖然としていたがにっこりと笑みを浮かべると「ありがとう」と短くいった。


















「いつまで剥れてるんだ?」
 離れの部屋のど真ん中で、ごろんと寝転んでいる博貴に、和馬は深い溜息をつきながら言った。どうやら、先程の一件で完全にすねてしまっているらしい。
「べーつに。剥れてなんかいないよ」
 ならば、和馬の部屋になど寝転んでいなくても、自分の部屋があるだろうに。そんな事を思いながらも和馬は口には出さなかった。その変わり別の言葉を意地悪く口に載せた。
「じゃあ、説明はいいんだな」
 和馬のその言葉に、博貴は跳ね起きた。
「いいわけないだろ! だいたい、聞きたいことは山ほどあったのに、無視したのは和馬さんなんだからね」
「分かった、分かった。で、何が聞きたいんだ」
「何って、あの計器の事とか、粉の事とか……」
 博貴の言葉に、和馬は意地の悪い笑みを浮かべながら口を開いた。
「分からないか?」
「……だからっ! わかんないから聞いてるんじゃないか」
「火山活動にポイント絞ったのはおまえだろ?」
「それがなんか関係あるのかよ」
 ぶちっと言った博貴に、和馬は「まだ分からないか?」と実に楽しげに言った。そんな和馬の態度に、面白くないものを感じながらも、思考をめぐらした博貴は、一つの可能性を思いついた。
「火山活動って、火山性ガス?」
 はじかれたように顔を上げた博貴は、和馬をじっと見やった。そんな博貴に、和馬は口元に笑みを浮かべた。
「おそらく、だがな。きっかり五十年というサイクルで儀式が行われていたわけじゃない。山がゆれたあと、儀式が行われていたとすれば、焼岳が火山活動を始めた時に儀式をやることになる。一番悪いタイミングで扉を開けることで、噴出したガスを吸うことになる」
「あんなに離れてるのに?」
 同じ質問を返してきた姉弟に、和馬は思わず苦笑した。
「地層がどうなっているのか、詳しい事は知らんが、つながりがあってもおかしくはないだろう? さっきの粉、分析にかければ硫黄の反応があるんじゃないかと俺は思ってる。実際、あの裏の川。魚もいないんだろ?」
「――そうか。考えもしなかったけど、ありえない話じゃない。火山性ガスって、あの東北のほうであった事故と同じやつだろ」
「たぶんな。まあ、この仮説が正しければ、明日の儀式も問題ないだろう。焼岳は何年か前に吹いてるし、ここの所活動も沈静化してるからな」
「なんか、きいぬけた」
 呟いた博貴は、ふうっと息をつくと、ごろんと寝そべった。もともと、祟りなどと考えていたわけではないのだが、それでもこうやって理解できる理由を示されると気が抜ける。
 そんな博貴に肩を竦めた和馬は、先程持っていってもらった荷物の中から、小さな箱を取り出した。
「ああ、そうだ。明日の儀式の時、これ持ってろ」
「なに?」
 転がったまま和馬の方に向くと、小さな箱を差し出された。それを受け取った博貴は首を傾げた。和馬が差し出したそれは、先程綾香に渡したものと同じセンサーだった。
「さっき使ったセンサーの小型版だ。ガスを感知するとブザーが鳴るようになってる。澤村さんにも渡しておいたが、一応お前にもな」
 すうっと目を細めた博貴は、ちらりとそのセンサーに目を走らせると、むくりと起き上がった。
「……こんなもん用意してるとこみると、大方の予想はついてたのか?」
 博貴の問いに、和馬は首を横に振った。
「可能性の話だよ。扉を開けて死ぬって事は、開けた時に何らかの毒素がばら撒かれた可能性があるとふんだんだ。実際、蔵の中ではねずみもいないって博貴が言ったからな」
「ふうん。ま、いいけど」
 興味なさそうに言った博貴は、センサーをポケットの中にねじ込んだ。
「和馬さん、明日までいるよな」
「え? ああ。そう言う約束だからな」
「でも、自分の目で確かめはしないんだな」
「博貴?」
 突然の博貴の言葉に、和馬は不審そうにその名を呼んだ。
「だってそうだろ? 俺にこれを渡すってことは、和馬さんは明日蔵には入らないってことだろ?」
「あのなあ……。無理に決まってるだろうが。本当なら、今日だって中に入れてもらえないと思ってたんだぞ。俺は」
「――って、なら、どうするつもりだったんだよ」
「いや、夜中にこそっと調べようかと」
「信じられねえ……」
 さらりと言ってのけた和馬に、博貴は呆れ顔で呟いた。



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