【 囚われの記憶 5 】 |
「それで? 君が弟のアルフォンス・エルリックなのか?」 ちらりっと鎧を見ながら言ったロイに、その鎧は「はい」と言いながら、こくりと頷いた。そんな鎧の弟――アルフォンスに、ロイは何度目ともつかない溜息をついた。 「その鎧の中は、空だね?」 「えっ」 ロイのその言葉に、アルはぎょっとしたように声を上げた。そんなアルからすっと視線をはずしたロイは、ちらりっと兄のエドワード・エルリックを見やった。 先ほどから、うつむいたまま、こちらを見ようともしない。 人体錬成を失敗した事が、それほどまでにショックだったのか。それとも、自分の手足と共に、弟までも失う事になるかもしれなかった、という現実が恐ろしかったのか――。 「その腕と、足は?」 聞いても無駄だろうと思いながら、ロイはそんな言葉をエドに投げかけた。 予想通り、返事はなかった。そんなエドに、ロイは小さく息をついた。 詳しい話など聞かなくても、何があったかは、容易に想像がつく。それなのに、わざわざ聞いてみたのは、彼の反応が見たかったからかもしれない。 失敗したとはいえ、人体錬成を試みて、失ったのは左足と右腕のみ。そして、弟のアルフォンスの魂を、あの鎧に定着させたのは、紛れもなく彼だ。並みの才能でない事は確かなのだろうから。 当初の目的から考えれば、これはある意味、丁度よかったと言えない事もない。 だが――。 酷い言い方かもしれないが、これくらいの事で、口も利けなくなるようでは、話にならないのだ。国家錬金術師となる、という事は。 ロイは、エドとあるから視線をはずすと、ピナコ・ロックベルに向き直った。 「国家錬金術師というものをご存知ですか?」 「……知らない者などいないよ」 「そう、でしょうね」 小さく肩を竦めて言ったロイに、ピナコはすうっと眉を寄せた。 「何が言いたいんだい?」 「高額な研究費の支給、特殊文献の閲覧。国の研究機関、その他施設の利用など、国家錬金術師になれば、さまざまな特権が得られます。その代わり、軍の要請には絶対服従の身になる訳ですが、一般人では手の届かぬ研究が可能になるのです」 ゆっくりと言ったロイに、ピナコは些か不機嫌そうに「だから、それが何だと言うんだい」と呟いた。そんなピナコの言葉に、ロイはちらりっとエドに視線を向けた後、口を開いた。 「この子達が、元の身体に戻る方法もあるいは――」 そんなロイの言葉に、ぴくりっとエドの肩が震えたのをロイは見逃さなかった。 元に戻る――。 口で言うのは簡単だが、それが拓けた道でない事は確かだ。 そんな事は、錬成に失敗した本人が、一番よく分かっているだろう。それでもなお、もとに戻るという言葉に反応したこの少年に、ロイは興味を覚えた。 これほど、無気力で、その瞳には何も映していないようであっても、その奥底に燻っている強い意志。そんなものを感じ取って、ロイはすうっと目を細めた。 「でも、錬金術は大衆の為にあるものだと……」 ぽつりっと言ったアルに、ついっとアルを見上げたロイは、苦い笑みを浮かべた。 大衆と共のあるはずの錬金術を、国が、その国益の為に使う。それが、軍事国家である、この国ではどういう意味を持つか。軍属である自分が、一番よく知っていた。それだけに、アルの言葉は、自分を責めているようにも感じられた。 小さく頷いたロイは、肩を竦めながら言った。 「そう。それゆえに『軍の狗』などと呼ばれている」 「軍の狗――」 ぽつりと呟いたアルは、そのまま口を閉ざした。 ただ黙って、ロイの言葉に耳を傾けていたピナコは、ついっとその視線をロイに向けると、重い口を開いた。 「この子らに、国家資格を取れるだけの力量があると?」 「エルリック家に残された錬成陣と人体錬成の過程。そして、魂の錬成を成し遂げた事とで、確信しました」 頷きながら言ったロイに、ピナコは深い溜息をつきながら言った。 「マスタング中佐。この子が血まみれで転がりこんできた後にね。私は、この子の家に行ったのさ」 言ったピナコは、その時の様子を思い出したのか、その表情を曇らせた。 「あれは、家の裏に埋葬したよ」 一旦そこで言葉を切ったピナコは、大きく息を吸うと、誰にも言う事の出来なかったであろう、心の叫びを吐き出すように言った。 「あれは……。あれは、人間なんかじゃなかった! あんな恐ろしいものを作り出す技術なのかい、錬金術ってのは! あんたはっ! また、この子らを、そっちの道に引きずり込もうってのかい!」 「ロックベルさん」 黙って、ピナコの言葉を聞いていたロイは、静かに言った。 「私は、この子達に強制しているわけではありません」 そう。説得をする気も、強制する気も、さらさらありはしない。 自分で、自分の生き方を決められないような者に、話す言葉など持ち合わせていないのだから。たとえそれが子供であったとしても。 相変らずうつむいて、顔も上げようとしないエドに視線を向けたロイは、強い口調で言い切った。 「ただ、私は可能性を提示する。このまま鎧の弟と、絶望と共に一生を終えるか。元に戻る可能性を求めて、軍に頭を垂れるか」 ロイの言葉に、エドは、ちらりっとその視線をロイに向けた。そんなエドに、ロイは口もとに薄く笑みを浮かべた。 「決めるのは君達だ。たとえ、それが泥の川であったとしても」 そこまで言うと、ロイはすっと立ち上がった。そして、懐から一枚の封筒を取り出すと、アルに手渡しながら言った。 「今日はこれで失礼する。その気になったら、イーストシティの司令部に来るといい。力になれるだろう」 自分の言いたい事だけを言ったロイは、もう用事は済んだとばかりに、くるりと踵を返して部屋を後にした。 「帰るぞ」 コートに袖を通しながら言ったロイに、ホークアイはすくりっと立ち上がりながら「はい」と短く言った。 最後に自分を見た、あのエドの瞳が、脳裏に焼きついて離れなかった。 「その気になったら、か」 言って、口もとに笑みを浮かべたロイを訝しげに見ながらも、ホークアイはロイに問い掛けた。 「来るでしょうか、あの子達」 「来るさ」 ロイは、即座にそう言い切った。 エドは必ず、自分のもとを訪れる。 そんな、訳の分からない自信がロイにはあった。 「たいそうな自信ですね。あの、エドって子、再起不能の様な、目をしてましたけど」 「そうかね? あれは――焔のついた眼だ」 わからないというように首をひねったホークアイに、ロイは小さく肩を竦めた。 ――焔のついた眼。 多分、地獄を見た者にしかわからないだろう。 そして、その地獄にも呑みこまれない、そんな強い精神を持ったものにしか。 しばしの時間がかかるかもしれないが、必ず、彼は自分のもとを訪れる。 「楽しみが出来た」 ぽつりと言ったロイに、ホークアイは首を傾げながら問い返した。 「何かおっしゃいましたか?」 「いや。なんでもないよ」 |
2004/05/17UP |
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