バカだな。 また 来たのか |
【 囚われの記憶 3 】 |
「兄さん? 兄さんっ!」 遠のいていたエドの意識は、そんな声に呼び戻された。 けれど、聞きなれたはずのアルの声は、どこか、くぐもって聞こえた。奇妙に思いながらも、エドはゆっくりとその目を開けた。すると、自分を覗き込んでいる大きな鎧が目に入った。 一瞬ぎょっとしたが、すぐに、それがあの鎧だった事に気がついた。アルの魂を、鎧に定着させる事には、成功したようだった。 「――アル。よかった」 ホッとしたように息をついて言ったエドは、その鎧に触れようと、右手を伸ばしかけ、違和感に気がついた。 やけに熱を持った、右肩。 その先にあるはずの手は、その姿を消していた。 ちらりっと、右肩を見やったエドは、小さく「あっ」っと声を上げた。 もぎ取られたような患部からは、左足同様、血がぼたぼたと流れ落ちていた。それでも、今まで気がつかなかったのは、当然あるはずの痛みがなかったからだ。多分、痛覚自体が麻痺してしまっていて、既に感じる事すら、できなくなっているのだろう。 そう。 強いて言うならば、痛いというより、重い――。 「……持ってかれた、か」 ぽつりと呟いたエドは、些か自虐的な笑みを浮かべた。 これくらいの事は、覚悟していた。 魂の錬成。 これもまた、理から逸脱した行為なのだろうから――。 それでも、嬉しかった。たとえ鎧の姿だったとしても、『ここにアルが存在する』と言うことが。 けれど。それと同時に、どこか薄暗い、得体の知れない感情もそこには存在していた。 「兄さん。その傷、何とかしないと……」 「――あ、ああ。そうだな」 アルの言葉に、短くそう答えたエドは、くるりと周りを見まわした。手近な所に、止血できるようなものはなかった。いや、あったとしても、今の自分にはそれを縛る『手』すらないのだが……。 「アル、悪いけど、ピナコばっちゃんに――」 「ちょっと、痛いかもしれないけど、我慢してね」 エドの言葉を遮って言ったアルは、床に取り残されていた、ほんの少し前まで自分が着ていた服を取り上げた。それをびりっと破いたアルは、ぼたぼたと血の滴り落ちているエドの右腕にその布を当てると、ぎゅっと縛りつけた。 患部に布が触れた瞬間、思わず声を上げそうになったエドは、ぐっと歯を食いしばった。それでも、まだ痛覚が残っていた事に、安堵しながらエドはぽつりと言った。 「ゴメンな、アル」 「どうして、兄さんが謝るのさ」 「だって」 「兄さんが、僕を助けてくれたんだよ。兄さんがいなければ、僕はここにはいられなかった」 「……」 けれど、その身体は、硬い鎧であって、生身の人間のそれではないのだ。 やりきれない。 全てが、やりきれない。 行き場のない思いだけが、部屋の中でぐるぐると渦巻いていた。 「それに、この身体なら、兄さんだって十分に運べる」 言ったアルは、エドの身体を軽々と持ち上げた。 そんなアルの言葉に、エドは苦い笑みを浮かべながら、再度その意識を手放した。 エドを抱えたまま、ロックベル家のドアをがんがんっと叩いて、アルは叫んだ。 「ばっちゃんっ! 開けてっ!」 けれど、すぐに返事はなくて、アルはエドを抱えたまま、ドアを叩きつづけた。しばらくすると、部屋の中でがたがたっと音がした。 「ばっちゃん! 早く、開けて!」 「なんだい、アル。騒々しい」 ドアの向こうから聞こえたピナコの声に、アルは勢い込んで続けた。 「兄さんが大変なんだ!」 「エドが?」 言いながら、ドアを開けたピナコは、次の瞬間、動きを止めた。 アルの声が聞こえていたはずなのに、そこにアルの姿なく、そのかわりに大きな鎧がそこにいた。「えっ?」と小さく声を上げたピナコは、その鎧が抱えているエドの姿を見やり目を見開いた。 「なんだい、その怪我はっ!」 「……ごめんなさい。だけどっ」 「アル、なのかい?」 鎧から聞こえてきた声に、ピナコは訝しげにその鎧を見やり、言った。 こくりと頷いた鎧――アルに、ピナコはすうっと眉を寄せた。一言ではいえない事情があることを察したピナコは、奥の診療室を顎でしゃくった。 「とりあえず、奥まで運んどくれ。すぐに手当てをしないと、大変な事になる」 「兄さん、助かるよね?」 「ああ。大丈夫だ」 言いながら、診療室に足を向けたピナコに、アルはホッとしたように、肩を撫で下ろしすと、それに続いた。 「とりあえず、そこに寝かせておくれ」 「うん」 「――後で、どういうことか聞かせてもらうよ」 言ったピナコの言葉に、アルは不承不承頷いた。 |
2004/05/13UP |
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