こんなはずではなかった。
 求めたものは、もっと別の――。























【 囚われの記憶 2 】















 気を失ってしまいそうな激痛が、左足を襲った。耐え難い痛みに、エドは喉が張り裂けるような叫び声を上げた。
 足に心臓があるのではないかと思えるほど、もぎ取られた左足が脈打っていた。それと同調するように、血液が止めどなく溢れる。
「……アル」
 絞り出されたその声は、誰もいない部屋の中に、怖いほど響いて聞こえた。
 ついっと視線を上げると、アルの靴と服が、ぽつんと床に転がっているのが視界に入った。




 アルがいない――。




 そこには、嫌が応にも見せ付けられる、現実があった。
 アルは、目の前で消えていった。
 そう。もぎ取られた、自分のこの足のように。
「……アル! アルフォンス!」
 呼んでも、返事などない。
 それが分かっていても、その名を呼ばずにはいられなかった。
「くそっ! こんな事があってたまるか」
 がんっと、拳を床に打ちつけると、エドはバランスを崩してつんのめった。先ほどまでは、確かにあった左足。それがないだけで、まともに動く事すら出来なかった。大腿部を左手でたが、それでも動く事は叶わなかった。
 どくん、どくんと脈打つ心臓に合わせるように、もぎ取られたその傷口から、血液が流れ出ていた。
「畜生ォ……。もって行かれた!」
 言いながら、エドは、ぎゅっとその唇をかみ締めた。


 どうして、こんなことになったのか――。


「誰か、助けて……。母さん――」
 そんな自分の言葉に、はっとしたように錬成陣に視線を向けたエドは、そのまま動きを止めた。
「あっ……」
 そこに存在したのは、あのやさしい母親ではなかった。
 人の形すら成さない――いや、生き物ですらない、なんとも醜悪な物体。
 失敗、したのだ。
 それを理解した瞬間、何かがエドの中で壊れた。
「うそだ……」
 足を引きずりながら、じりじりと後退ると、背中がドンっと壁に当たった。
 人の手らしきものが、何かにすがるように、天へと伸ばされた。見たくなどないのに、その視線は、そこに固定されたまま動かなかった。
「……違う! こんなのっ!」
 望んだものは、こんなものではなかった。
 ただ、自分は。
 自分達は、もう一度「おかあさん」に会いたかっただけ――。
「こんなのを、望んだんじゃない……」
 零れ落ちたその言葉とともに、一粒の涙が床をぬらした。




 何故、失敗したのか。
 理論は完璧だったはずなのだ。
 それなのに、何故――。




 そこまで考えて、エドはぎりっと歯噛みした。
 そう。理論だけは完璧だった。けれど、何かが足りなかった。それは、左足を持っていかれた時に垣間見た、真理がそう示していた。
 錬金術は全てが等価交換であり、一は一にしかならない。何か、ひとつでも足りなければ、錬成が成功するはずなどないのだ。
 そして、その足りない何かは、あの扉の向こうにあった。けれど、それは、人が踏み込んではいけない、神の領域――。
 何故、人体錬成が禁じられているのか。
 それは、生命の循環に反する行為だからだ。
 錬金術師とは、流れを受け入れて、理解した上で創造する者だ。


『世の中は、常に大きな流れに従って流れている。
人が死ぬのも、生まれるのも、その流れのうち。
だから、人を生き返らせようなんて事は、してはいけない』


 そう言って、エドの頭を撫でた師匠の顔が、エドの脳裏をよぎった。
 多分、師匠は分かっていたのだ。自分たちが、師匠の元に弟子入りしたいと言った、その真意を。だからこそ『人を生き返らせようなんて事は、してはいけない』そう言ったのだ。
 足りないのではない。
 間違っていたのだ。
「アル……。オレのせいだ。オレの――」
 後悔だけが、そこにはあった。
 けれど、今更、どうにもならないことも事実だった。
 すうっと頭から血の気が引いた気がした。遠退きかけた意識に、エドはぎゅっと唇を噛み締めた。多分、出血が多すぎるのだろう。エドはぎりっと歯噛みすると、あたりをぐるりと見まわした。
 床に転がっていた布を見つけると、エドはそれを手繰り寄せると、左足にきつく巻きつけた。そして、そのまま左足を引きずりながら、部屋のふちに置いてあった鎧の足を強引に引き倒した。ガシャンッと、けたたましい音がして、大きな鎧が床に倒れた。
「畜生――。返せよっ。弟なんだよ……」
 ぽつりと言ったエドは、血で滑っているその指先を、鎧へと伸ばした。
「足だろうが、両腕だろうが。心臓だろうが、くれてやる」
 ぎっと、天を睨みつけながら言ったエドは、真っ赤な両の手をすうっと真っ直ぐに伸ばした。
「だから、返せよっ。たった一人の弟なんだよっ!」
 叫んだエドは、その両の手を合わせた。









2004/05/11UP


















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