扉の向こうから伸びてきた黒い触手が、左足を捕らえた。
 見る見るうちに分解されていく、自分の身体。
 開けてはいけなかった、禁忌の扉。

 恐れを知らぬ愚者は、
 真理によって裁かれた――。























【 囚われの記憶 1 】















「うわぁっ!」
 そんな叫び声とともに、エドワードは跳ね起きた。
 心臓は早鐘のように鳴り響き、喉は焼けるように熱かった。
 まるで、血液が逆流したのではないかと思えるほど、身体中が脈打っていて、ドクンドクンという普段は聞こえもしない鼓動が、嫌に耳についた。
 自分のものではない右手で、ぎゅっと心臓を押さえる。
 いつまでたっても、治まる事を知らない心臓に、エドはぎゅっとその唇をかんだ。
「――くそっ! 静まれよっ!」
 言ったエドは、自分の身体を抱きしめるように、その身を折った。
 毎夜繰り返される、あの、悪夢。
 もう、一年も前の事だというのに、日がたつにつれ、その記憶は、より鮮明さを増していくようだった。出来ることなら忘れてしまいたい、忌々しい記憶だというのに、何故こんなにもはっきりと、瞼に焼き付いているのか。
 幾度となく見せ付けられる事で、その映像が記憶にしっかりと刻み込まれたとでもいうのだろうか――。
 こんな夢に、翻弄されている場合ではない。
 そうは思うのだが、無意識の自分まではコントロールする事が出来なかった。
「兄さん?」
 軽いノックの音とともにドアが開き、アルフォンスのそんな声がエドの耳に入った。
「……アル」
「大丈夫? なんだか、うなされていたみたいだけど……」
 遠慮がちに部屋に足を踏み入れたアルは、ちらりっとエドを見やり言った。
 そんなアルに、エドはへらっと笑いながら、頭を掻いた。
「わりぃ、わりぃ。起しちまったか?」
「そんなこと、気にしなくてもいいよ。それより」
「何でもねぇよ」
 アルの言葉を遮って、エドは短く言った。
「兄さん――」
「そんな顔すんなって。ほんと、大丈夫だから」
 言ったエドは、何か言いたげなアルの視線から、ついっと顔をそむけると「ちょっとばかし、夢見が悪かっただけだ」と続けた。
 そんなエドの言葉に、それ以上何も言えなくなったアルは「そう」と、短く言うと部屋を出て行った。
 バタンっと、些か大きな音を立てて閉まったドアを見やり、エドは小さく息をついた。



 アルには――。
 アルにだけは、泣き言は言いたくなかった。


 身体を、持っていかれたときの恐怖。けれど、それは、全身を持っていかれたアルに比べれば、大した事などないはずなのだから。
 そんな事を思いながら、エドはぎゅっとその手を握り込んだ。
 失った手足は、何の痛みも感じる事はない。痛むとすれば、機械鎧と生身の身体をつなぐ神経だけのはずだ。それなのに、痛覚などあるはずのない、指先に空虚な痛みを感じた。
「こんな事やってる場合じゃないだろ。俺――」
 ようやく、機械鎧にも慣れた。
 三年掛かるといわれたリハビリを、一年で終わらせたのは、何のためか。
 それを確認する。
 それだけの為に、それを決意させた、思い出したくもない一年前の記憶を、エドは手繰り寄せた。








2004/05/10UP













【 囚われの記憶 1 】









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