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なくしてしまうかと思った。 大切な、なにかを。 1、 暑かった。 太陽は容赦なく照り付け、じりじりと肌を焦がした。 実に梅雨らしい梅雨が終わったかと思ったら、とたんに、夏だ。 あの湿気を含んだ、ねっとりと重い空気も息が詰まるが、暴力的なほど鋭い陽射しというのも考えものだ。湿度がない分だけ、多少は身体は楽なような気もするけれど、変わりに温度はぐんと上がった。 「強烈やな……」 空を仰いだ平次は、思わず顔を顰めて呟いた。雲ひとつない、抜けるような青はとてもきれいだったが、太陽を遮るものがないにもないというこの状況が、気温を余計上げているような気がした。 手の甲で、額の汗をぬぐった平次は、こんな日には格好の退避場所へと足を向けた。 勢いよくドアを開けると、カランっと、ドアに括りつけられた鐘が鳴った。それと同時に、冷たい風が汗ばんだ肌をさらりとなでる。少しだけ奪われた体温が、妙に気持ちよかった。 「いらっしゃい。暑そうだね」 平次の姿を認めた、この店――エニグマのマスターである木塚は、にっこりと営業用の笑みを浮かべながら言った。エニグマはちょうど大学の目の前に構える喫茶店だった。この店は、平次が新一と共に、半ば強制的に引きずり込まれたミステリ研究会の溜まり場であり、マスターの木塚はそのミステリ研の初代会長だった人物だ。 「めっちゃ暑いで! もう冗談やないわ」 「けど、まだこれから、もっと暑くなるよ」 言った木塚は長袖のカッターシャツを着込みながらも、涼しげな顔をしていた。もっとも、木塚が長袖を着ているのは、店内のクーラーのせいだったのだが。多少暑いと感じる事もあるらしいが、常時半袖でクーラーの中にいると疲れるのだそうだ。もっともだ、と思いながらも、いつも涼しい所にいられる木塚がうらやましくもあった。 「せやな。もう、夏やもんなあ」 言いながら、平次はカウンタに腰掛け、アイスコーヒーを注文した。 最近、一人の時はカウンタで木塚としゃべっている事が多い。話せば話すほど、この人物は、実に面白いのだ。 どう見ても、二〇代前半にしか見えない『エニグマのマスター』は、実はとうに三〇を超えているらしい。 マスターと呼ばれるにはいささか貫禄のたりない童顔の木塚は、とても繊細そうで人当たりのいい人物に見える。傍から見ていれば。 が、その傍から見ていればというのが曲者で、その繊細そうな外見を大幅に裏切って、とても神経が図太いのだ。そして、大変な毒舌家でもあった。 「そういえばさ。あれから、どうなったんだい?」 「あれから?」 木塚の言葉に、平次は首を傾げた。そんな平次に、木塚はふっと口元を軽く上げた。その意味ありげな笑みに、平次は眉を寄せて考え込んだ。そして、しばしの沈黙のあと苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。 「マスター……」 脱力したように言った平次に、木塚はにっこりと笑みを浮かべた |