■ ディフレクション ■
 A5フルカラー  116P 210g 平新+快
¥ 1,200  (210円)
Novel  綾部 澪
 / Illustration  小椋さよこ さま

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 耳元で携帯の呼び出し音が続いていた。
 既に二十コールは待ったのではないだろうか。それでも、回線が繋がる気配は、一切なかった。
 一体、いつまで待たせれば気が済むのか。
 苛立ちを隠せないまま、ちっと舌打ちをした平次は、左手に携帯を持ち替えた。
 ちらりっと、車窓から見える景色に目をやると、ちょうど新横浜の駅を通り過ぎたところだった。
 禁煙車に挟まれたデッキには、煙草を吸いに来る人が跡を絶たない。空調が動いていないわけではないだろうが、その空調自体が、もともと排煙を目的としたものではないわけで。逃げ場をなくした紫煙は、ただ、まんじりとその場に漂っていた。
 耳元でなりつづける呼び出し音が、途切れる気配はない。
 この呼び出し音も、目に見えてしまう煙も、鼻につく香りも。全てが、苛立ちを増長させているように思えて、平次は深い溜息をついた。
「何で、でえへんのや」
 ブチッと文句を言った平次は、携帯を耳元から離した。そして、それを切ろうとした時、ようやく回線が繋がった。
『はい、工藤』
 実に久し振りの、新一の声がスピーカーから聞こえた。
 ずいぶん待たされたというのに、いつもとまったく変わらない新一の口調に、怒りがこみ上げてきて、平次は思わず叫んだ。
「このボケがっ! 一体、いつまで待たせるつもりやねん!」
 と、ちょうど、デッキに入ってきた女性が、平次の怒鳴り声に驚いたようにこちらを見やった。慌てて愛想笑いを浮かべた平次は、小さく会釈すると、女性にくるりと背を向けて、携帯を耳もとに当てた。
 だが、電話の向こうからは、何も聞こえなかった。
 首を傾げた平次は、携帯をちらりと見やった。こちらの電波状態は極めて良好だし、特に雑音が聞こえてくるわけではないから、新一のほうの電波が悪いとも思えない。
 いくら待たされたからと言って、さすがに、ボケはまずかっただろうか。そんな事を思いながら、平次は些か心配そうに口を開いた。
「お〜い、工藤?」
『……工藤、じゃねーよ。耳元であんな大声出されたら、鼓膜破れるだろ』