■ Cool Rain  Re-recording ■
 A5フルカラー  212P 450g 平新+KID
¥ 2,000  (290円)
Novel  綾部 澪
 / Illustration  小椋さよこ さま

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 キャップを眼深にかぶり直した平次は、後ろのポケットの中から切符を取り出した。いささか折れ目のついたそれに、多少の不安を感じながら自動改札機に通す。一見精密そうに見える改札機も、案外、適当に出来ているのか、何の問題もなく通った切符に、平次は足早で改札をすり抜けた。
 実にひさしぶりの京都である。
 ちょうど、平次の試験が終わったと同時に舞い込んできた依頼は、京都の住人からのものだった。
「京都、か」
 いいながら、平次は小さく息をついた。
 多分まだ、京都には『工藤新一』がいる。あの事件を手がけた『工藤新一』が――。
 新聞でしか見たことのないその姿を、平次は思い浮かべた。
 大滝から見せてもらった、あたりさわりのない資料では、事件の概要しか分からなかった。しかも、その資料は事件が表沙汰にならないように、細心の注意を払われており、当然のことではあるが、工藤新一が何を知り得て、どんな結論を出したのかがまったく分からなかった。
 それを知りたいと思うのと同時に、知りたくない、とも思った。このあたりの矛盾した感情は説明が難しいのだが、それ以外に表現のしようがなかった。
 平次は、うんっとのびをすると「さて」と呟いた。
 依頼人との待ち合わせまで、少し余裕があった。時間があることに気がつくと、突然喉が乾いたように感じられた。平次は、きょろきょろとあたりを見回し、自販機を見つけるとおもむろに足を進めた。
 ポケットの小銭をあさった平次は、少し考えた後、二枚の種類の違う硬貨を投入した。そして、五〇〇ペットのお茶を選んでボタンを押す。
 ゴトンッと鈍い音がして転がり出てきたペットボトルを取り出すと、平次はそれを一気に煽った。よく冷えたお茶が、喉を通って胃に流れ込むのが、手にとるように分かった。
 あっという間に空になったペットボトルを、ゴミ箱に捨てると、平次はちらりっと時計に目をやった。十分前である。もうそろそろ、待ち合わせ場所にいたほうがいいだろう。そんな事を考えながらゆっくりと足を進めた。
 平次はあたりをくるりと見渡した。依頼人の姿はまだ見えない。平次は小さく息をつくと、柱にその身を任せた。
 ――と、ちょうど、柱の後ろの方の交わされている会話が、平次の耳に飛び込んできた。
「俺は警察ではありません。あなたを告発する気は毛頭ない」
 警察という言葉に反応して、平次は思わず聞き耳を立てた。その声に聞き覚えはなかったが、その若い男の声は、妙に耳に残った。

「傾斜光の館」・「CoolRain1」・「CoolRain2」 再録
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