【たった一つだけ 許されるのなら】

















「どうして、パパ埋めちゃうの?」



 そう言って泣いたエリシアの声が、今も、耳にこびりついて離れなかった。
 きっと、父親が死んだことも、理解できてはいないのだろう。
 なんとも、居たたまれなかった。
 こうやって、部下なり同僚なりを送ったのは、これが初めてではない。「仕方ない」そういう言葉で割り切る術も、持ち合わせているはずだった。


 だが――。


 納得できなかった。
 何故、ヒューズが死なねばならなかったのか。
 仮にこれが戦場であれば、もっと簡単に割り切れたのかもしれない。そう。今までと同じように「仕方ない」という言葉でもって片付ける事も、あるいは可能だったかもしれないのだ。たとえそれが同じ『死』であったにしろ――。
 けれど、ここは戦場ではないのだ。
 そう思いながら、ロイ・マスタングはぐっと、その手を握りこんだ。
「殉職で、二階級特進――。ヒューズ准将、か」
 墓標に刻まれた文字を見やり、ロイはぼそりっと、呟いた。
「私の下について、助力すると言っていた奴が、私より上に行ってどうするんだ。馬鹿者が」
 そんな言葉にも、返ってくる声はなかった。
 空は青く、雲の合間から薄く日が射しこんでいた。それなのに、あたりはやけに薄暗く感じられた。
 ざわりっと、音をたてて、風が足元を吹きぬけた。だが、その風は、重苦しい空気を吹き飛ばしてしまえるほどの力を、持ち合わせていなかった。
「人体錬成――か」
 口からこぼれた、そんな言葉に、ロイは思わず顔を顰めた。
 人体錬成理論を、今までに一度も考えた事がないといえば嘘になる。
 あの内乱で、自らが奪ってしまった、命――。
 たとえ、それが偽善だと分かっていても、それを取り戻したい、そう思ったことも事実だ。そして、その理論を構築しようとした事も。
 だが、禁忌である人体錬成を執り行う気は、さらさらなかった。
 それは「人を造るべからず」という、国家錬金術師の禁忌に触れるから、などという理由ではなかった。
 たしかに、人体錬成は、理に反する事なのかもしれない。
 だが、悪戯に生命を玩ぶ事が罪だとすれば、戦争自体が最大の咎だ。そして『大衆の為にあれ』という錬金術師の理念から一番ほど遠い処にいて、軍に手を貸している国家錬金術師など咎人の最たる者だろう。
 それなのに、その咎人たる国家錬金術師をもってしても、人体錬成を禁忌とするのは、別に理由があるのだと思っていた。そう、例えば、その行為自体にリスクがついてまわる、などという理由が、だ。
 失敗すれば、何かを失う。
 あのエルリック兄弟が、手足を――そして全身を持っていかれたように。
 それが分かっていてなお、人体錬成の理論が、頭の中を駆け巡っていた。
「鋼の――。君の気持ちが、ようやく分かったよ」
 たとえ、それが生命の循環という『理』に反する行為だったとしても、特定の誰かを、もう一度この世に呼び戻したい。そう、強く願ってしまう、心。
 それで命を落とす事になったとしても、かまわない。
 そんな形振りかまわない感情が、そこにはあった。
「大佐。風が出て、冷えてきましたよ。まだお戻りにならないのですか?」
 背後から飛んだ唐突な声に、すいっと視線だけをそちらに向けたロイは、そこにリザ・ホークアイ中尉の姿を認め「ああ」と短く言った。そして、嘆息しながら、もう一度、墓標に目を向けた。
「……まったく。錬金術師というのは、嫌な生き物だな。中尉」
 そんなロイの言葉に、ホークアイはなんと答えたらよいのか分からず、ただ無言のまま、手の中にあったコートをロイに手渡した。それに袖を通すと、肩口が急に温かくなった。そこで初めて、自分の身体がかなり冷え切っていた事に気がついた。
 風が、かなり冷たくなっている。
 日が翳り出して、気温が下がったのだろうが、そんな事にも気がつけずにいた自分に、ロイは嘆息した。
「今、頭の中で、人体錬成の理論を必死になって組み立てている自分がいるんだよ」
 些か、自嘲的な笑みを浮かべながら言ったロイは、一旦そこで言葉を切った。そして、どんな言葉をかけたとしても、二度と返事をしない悪友の墓標を真っ直ぐ見据えながら、口を開いた。
「あの子らが、母親を錬成しようとした気持ちが、今なら分かる気がするよ」
「大丈夫ですか?」
 そう問われて、ロイは小さく肩を竦めた。
「大丈夫だ」
 大丈夫だ――。
 自分に言い聞かせるように、そう、呟いた。
 エドの人体錬成の理論は、あの錬成陣で見た時に理解した。あの構築式ですら、足りない『何か』があったのだ。その『何か』が分からなければ、結果は同じだ。
 ならば、人体錬成など、試みたところで、ヒューズが帰って来ることなど、ありえないなのだ。それに、軍属である自分が、禁忌にふれる人体錬成などするわけにはいかない。『焔』の名を捨てるわけにはいかないのだ。
 理性では、それを十分理解している。
 だが、感情はそうは行かない。


 もし、たった一つ、許されるのならば――。


「――いかん。雨が降ってきたな」
 空回りする思考を止め、帽子を目深にかぶりながらロイは言った。その言葉に、ホークアイは首を傾げながら天を見上げた。そこにあるのは、薄雲をかぶった空。雨雲など、何処にも存在しなかった。
「雨なんて降って……」
「いや、雨だよ」
 言ったロイの頬を伝った水滴を見やり、リザはすうっと目を閉じた。
「――そうですね。戻りましょう。ここは冷えます」
「ああ」
 短く答えたロイは、何かを断ち切るように踵を返すと、墓前を後にした。







END

2004/05/01UP










 鋼、初書きです。
 お題をもらった時に、一番最初に思いついたネタで、ロイエド書くはずだったのに、なぜか、ヒューズネタになってしまったシロモノ。でも根底はロイエドなんです……。
 実は、この後に、だらだらと話が続きそうになって、一旦ココで終わらせましたが、そのうちに続きをUPするかもしれません(そのうちかい!)